大和屋のこと。

(2月23日0時37分に書いた記事を転載します。)

 十代目坂東三津五郎丈が亡くなった。満で59歳。
 前の日記を読み返したら、三津五郎さんと書いているものもあれば、屋号である大和屋と書いてあるものもある。大和屋だと玉三郎さんなんかも入るのだけれども、ニュースを見て、「大和屋が死んだんだ」と思ったので、大和屋で統一することにする。

 正直、驚いて、涙も出ない。絶句するばかり。
 さっき、Mr.サンデーを観たら、「靭猿」と「蘭平物狂」の写真が出ていた。新聞だと「喜撰」とか最後の舞台である「たぬき」とかの写真が載っている。
 8月の歌舞伎座に出て、また養生する、ということだったので、とにかく大事な身体なので養生してください、と思っていた。
 秋に東京会館芸談をやるというのが流れたと聞き、12月のこまつ座の「芭蕉通風船」の休演の話が出ても、「まあ養生してください。」という気持ちだった。
 1月に放送された「ザ・ノンフィクション」では、浅草歌舞伎に出る子供の巳之助さんや種之助さんとかに指導していて、巳之助さんが「お父さん」と叫んだからどうのこうの、という話があって、ああ元気なんだ、4月の鴈治郎襲名で復帰かな、とか思っていたところでした。
 4月の鴈治郎襲名は「喜撰」を含む「六歌仙」の通しが出るのだけれども、菊五郎さんが「喜撰」をやると聞いて、少し驚いた。今考えれば、三津五郎復帰狂言にする予定がダメになって、菊五郎さんに差し替えたのかもしれない。わからないけど。

 とにかく、よく今の状況が理解できてない。
 中村屋勘三郎丈)のときは、週刊誌で重態説が流れていたし、成田屋團十郎丈)のときは、もともと白血病だったのが風邪をひいて休演ということで、回復は奇跡に近いという話も耳にしていたので、なんとなく心の準備をしていたような気がする。
 でも、今回は、本当に急だった。

 「痛い」というのが感想かな。
 今はどうかわからないけど、三津五郎さんは、親の9代目三津五郎さんとともに菊五郎劇団という劇団に属していたから、江戸前の芝居をかなり受け継いでいる。特に、踊りの名人でもあり、世話物の名人でもあった、二代目松緑、住んでいたところに由来する「紀尾井町」の芝居のやり方を教わっている一番若い世代が、三津五郎さんの世代になる。
 だから、一昨年やった「髪結新三」も中村屋のやり方じゃなくて紀尾井町に教わったやり方でやる、と言っていたし、「魚屋宗五郎」なんかもそうだろう。「蘭平物狂」は松緑さんの息子の辰之助さんから受け継いで今の松緑に渡したものだけれども。
 その辺の、紀尾井町譲りの芝居のやり方が、切れてしまうのが痛い。

 踊りについては、中村屋とともに、今の染五郎さんとかの世代に対して、「踊りの素養が役者にとって大事だ」ということをわからせたことが大きいと思う。
 正直、勘三郎三津五郎の上の世代、菊五郎幸四郎吉右衛門團十郎梅玉仁左衛門玉三郎、の世代は、そんなに無茶苦茶踊りが巧いというわけではない。富十郎は巧かったけど、役者として評判が高まったのはかなり遅かった。
 そんな中、勘三郎三津五郎は巧かった。何よりきびきびとしていた。

 染五郎さんとかの、今売り出し中の役者たちは、踊りもそこそこ巧い。鏡獅子をやればいい、ってもんじゃないけれども、鏡獅子なんかもそれなりの水準ではあると思う。三社祭しかり。

 勘三郎三津五郎、昔で言えば勘九郎八十助は、今考えればよかったんだね。
 三津五郎襲名の時の「団子売」、8月にやった「六歌仙」の通しで三津五郎の「喜撰」に勘三郎の「祇園のお梶」。もちろん「棒しばり」もよかったし、芝居で言えば、「野田版研辰の討たれ」とか「鼠小僧」とか「らくだ」もよかった。
 8月の花形歌舞伎は、どうしても勘三郎人気で、勘三郎勘三郎になってしまうのだけれども、「いやいや勘三郎だけじゃなくて三津五郎というしっかりとした役者もいるんですよ」という気分で観ていたような気がする。
 彼らは伝説になってしまうのだろうか。なんか嫌だな。

 ちょっと安心なのは、映像がそこそこ残っていること。シネマ歌舞伎で結構録ってある。あと、長谷部浩さんとのコンビで「歌舞伎の愉しみ」「踊りの愉しみ」という、なかなかよい著書ができていること。両方とも勉強になりました。

 それにしても、巳之助さんがどうなるのかは気になっています。
 今日、曽我の石段に朝比奈で出ていて、声も出ているし足の踏み方もいいので、だんだんいい役者になってきたなあ、と思って見ていたところでした。今考えれば大変な状況の中で演っていたんだなあ。
 もともと、三津五郎さんが離婚して巳之助さんは寿ひずるさんのほうで育った時期が長かったみたいだから、後継ぎになるのにはいろいろ葛藤があったとか聞きました。だから、遅咲きです。
 菊五郎劇団にお世話になるのだろうから、しっかりと教えてもらえるとは思うけれども、踊りの坂東流の仕事もあるし、しばらく大変だろうな。
 でも、だんだんいい役者になってきていると思う。来月は松也さんたちと南座だね。
 応援しています。

 福助さんも長期療養中だし、今の50代がなかなか厳しい状況になっています。
 40前後の人たちがが台頭してきているから、ひょっとすると中抜きになってしまうかも。特に橋之助さんにはがんばってほしい。
 まあ、でも、歌舞伎の世界はなくならないし、人気役者が2人3人亡くなったって、ほろびはしません。そこだけは自信を持っています。

 謹んでご冥福をお祈りするとともに、これまでいい舞台を見せていただいてありがとうございました、と御礼申し上げます。